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岐阜地方裁判所大垣支部 昭和49年(ヨ)54号 判決

申請人 高木貞雄

被申請人 大日金属工業株式会社

主文

申請人の申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、申請人

「被申請人が申請人に対して昭和四九年一〇月二八日付辞令に基づき同年一一月一日になした株式会社大日工作機械サービスセンター(以下サービスセンターという)に出向し、東京営業所勤務を命ずるとの意思表示の効力を仮に停止する。申請費用は被申請人の負担とする。」との仮処分

二、被申請人

主文同旨の裁判

第二、申請人の申請の理由

一、申請人は昭和四〇年四月一四日被申請人に雇傭され、岐阜県不破郡垂井町松島七四五の被申請人岐阜工場(以下単に岐阜工場という)で働くことになつた。

二、被申請人は、申請人に対し、昭和四九年一一月一日、同年一〇月二八日付をもつて、サービスセンターに出向し、その東京営業所勤務を命ずる旨意思表示した(以下本件出向命令という)。

三、しかし、申請人は被申請人と「被申請人の岐阜工場」で働く旨の雇傭契約を結んだのであり、被申請人が一方的になした本件出向命令は申請人に対して効力がない。

ところが、被申請人は申請人に対し、近日中に、出向先へ赴任することを命じ、その命令に従わないと懲戒解雇の暴挙に及ぶおそれがあり、そうなると申請人は回復し難い損害を受けることになる。

第三、申請の理由に対する被申請人の認否

申請の理由一、二項の事実は認める。

同三項の事実は否認する。

第四、被申請人の抗弁

一、申請人は被申請人の就業規則(以下単に就業規則という)を守ることを約して被申請人と雇傭契約を結んだ。

就業規則三七条には「業務の都合により必要がある場合は、従業員に異動を命ずることがある。」と規定されており、この「異動」とは続く三八条五号に休職事由として「会社の都合により他社に出向を命ぜられた場合」と規定され、休職期間が満了した場合についての四〇条二号に三八条五号が引用されていることから明らかなように、被申請人内部における異動だけでなく、他社への「出向」を含んでいることは明らかであり、この「異動」には従業員の転居を必要とするような転勤も含まれる。

二、しかも、サービスセンターは、従来被申請人のサービス課を、昭和四七年八月三日、サービス代金の完全回収を計る目的で形式上独立させ、別の法人格として設立されたもので、設立の際被申請人サービス課の従業員がそのままサービスセンターの従業員となり、営業場所、施設も殆んど従前と同じであり、サービスセンターの従業員は被申請人に在籍のまま、被申請人から給料を受取つており、被申請人とサービスセンターの各従業員間には、同一の企業体の従業員であるとの意識があり、被申請人もその従業員も、従来サービスセンターへの出向を、被申請人内部の配置換えと同じに考えており、サービスセンターへの出向は実質的には配置換え・転勤と同じである。

三、しかも、そのような考えの下に、就業規則三七条により、サービスセンターへの出向が繰返されてきたので、サービスセンターへの出向が同条の「異動」に当たるとの労使慣行があつた。

四、従つて、就業規則三七条に基づいてなされた本件出向命令は有効であり、申請人はこれに従うべき雇傭契約上の義務がある。

第五、抗弁に対する申請人の認否

抗弁一項の事実中就業規則に申請人主張の各規定の存在することは認めるが、就業規則三七条の「異動」に他社への出向は含まれない。休職に関する三八条五号と四〇条二号は従業員が同意して出向した場合に関する規定であり、これらの休職に関する規定が被申請人の出向命令権の根拠となるものではない。また、就業規則は所轄官庁に届出されていないから、従業員を拘束する効力がないし、その三七条の「異動」には転居を要するような転勤は含まれない。

同二項の事実を否認する。被申請人はサービスセンターの発行済み株式の五五%しか保有せず、サービスセンターが実質的にも被申請人の一部門とはいえない。

同三項の事実も否認する。労使慣行は岐阜工場の現地採用者についてみるべきであり、岐阜工場の現地採用者が出向した例は少なく、出向した場合も、進んで或いは已むなく出向したものであり、これをもつて他の従業員をも拘束する慣行が成立したとはいえない。

第六、申請人の再抗弁

一、本件出向命令は不当労働行為として無効である。

1  申請人は、昭和四二年五月一日、大日金属工業労働組合(以下単に労働組合という)岐阜支部(以下単に組合支部という)の結成と同時に同組合に加入し、昭和四六年八月から昭和四九年八月まで組合支部代議員(後に職場委員と名称変更)、昭和四六年八月から同年一一月まで組合支部青年婦人部(以下青年部という)書記長の地位にあつた。

2  昭和四六年一〇月頃、岐阜工場の従業員の三浦和真が就業中、左足首骨折の労働災害を受け左下腿部を切断せねばならなかつた際、当時組合支部青年部書記長であつた申請人は、右労災が被申請人が安全対策を怠つた結果であり、安全総点検を行うべき旨主張したビラを作成し、組合支部執行部に右ビラを配布したいと申し出たところ、大げさになるという理由で配布を禁じられた。また、右三浦を入院先に見舞つた青年部員が被申請人は技術工である従業員を草刈り、穴掘りなどの単純業務に従事させているなどと不満を述べた。

ところが、これらを知つた被申請人は、申請人や青年部長などを呼びつけ、「青年部員が被申請人の恥になることを外部に漏らしたから、青年部役員は責任をとれ」などといつて青年部役員の辞任を求め、組合支部執行部も、被申請人に抗議するどころか、却つて「被申請人は怒つている。被申請人のいうとおり責任をとつてやめよ。」などといつて辞任を事実上強制したため、申請人らは已むなく同年一一月青年部役員を辞任した。

3  昭和四七年四月頃、被申請人が臨時工や五〇才以上の従業員など約三〇名に対して、書面で退職勧奨を行ない、組合支部執行部はこれに対して、被申請人に右退職勧奨を撤回させたと組合員に発表した。しかし、現実には被申請人が同年五月約三〇名の希望退職者を募り、一定時期を過ぎると指名解雇する旨発表したのに、組合支部執行部は何らの有効適切な対策も講ずることができず、約三〇名の従業員は希望退職という形で実質上解雇されてしまつた。

そして、同年七月の組合支部の臨時大会で執行部が全員辞任を申出たので、申請人は撤回させたと発表しながら実質上の解雇を容認する結果になつてから、しかも任期を一カ月後にひかえて辞任するのは無責任であるから辞任は認められないと発言し、組合員をリードして辞任申出を否決させた。

4  昭和四九年六月、組合支部の臨時大会で、執行部は同年七月七日行なわれる参議院議員選挙に全国区に野田哲、地方区に岩崎昭弥を推せんしたいと提案したが、申請人はそれが労働組合の本来のあり方に反するとして先頭になつて反対し、執行部の提案を否決させてしまつた。

5  申請人は昭和四九年八月の組合支部執行委員選挙で最高得票で当選し、執行委員として組合員の労働条件向上のために、積極的に組合活動を行つてきた。

被申請人は、申請人が被申請人に協調しようとする組合支部執行部の活動を批判し、右2ないし5のように真に階級的・民主的な組合活動を行なつてきたことを嫌悪し、組合支部での申請人の影響力が強くなることを封ずるために本件出向命令に及んだものである。

申請人は、本件出向命令に従うと、次の二、三項で述べるように、住居地での政党活動ができなくなるばかりか、私生活上も不便となり不利益を受ける。

従つて、本件出向命令は申請人の前記のような組合活動の故をもつてなされた不利益取扱いであり無効である。

二、本件出向命令は労働基準法三条に違反し無効である。

1  申請人は日本民主青年同盟員であり、昭和四七年九月から西濃地区常任委員、岐阜県委員となり、民主青年同盟を指導し、活発に活動してきた。

2  申請人は昭和四六年八月日本共産党に入党し、同党の綱領、規約に従い活動を行つてきた。昭和四九年五月には垂井町議会議員選挙の表佐地区補欠選挙に立候補するため、被申請人に年次有給休暇取得の通知をしたが、後に都合により立候補をとりやめたことがあつた。

3  また、申請人は、昭和四九年七月岐阜工場門前で共産党作成のビラを配布し、同年八月の垂井町長選挙の際には同党公認候補井上邦治の選挙及びポスター掲示責任者となつて活動し、同年七月の参議院議員選挙と同年九月の岐阜県知事選挙では、同党公認候補者の開票立会人となり、同月には党不破郡委員長代行となつた。

被申請人はこのような申請人の日本共産党員としての活動を嫌悪して、本件出向命令に及んだもので、本件出向命令は思想、信条による差別であり、労働基準法三条に違反し無効である。

三、本件出向命令は権利乱用であり無効である。

申請人の出向先で予定される業務は、アフターサービス、機械修理、試運転であるが、申請人はそのような業務についた経験も知識もない。

他方、右のような業務に適した従業員は岐阜工場にも多数おり、ことさら申請人を選択する理由は全く考えられない。

しかも、申請人は長男ではないが、農家の後継ぎとして、時間外には一家の中心となつて農業に従事しなければならない立場にある。また、申請人は、岐阜工場で組合活動をすることが必要であり、かつ、自分が生まれ育つた垂井町、西濃地方で共産党員として活動していくのが最も適している。

被申請人は右のような事情を知悉しながら、本件出向命令に及んだもので、本件出向命令は権利乱用であり、民法一条三項により無効である。

第七、再抗弁に対する被申請人の認否

一項の本件出向命令が不当労働行為であるとの主張を否認する。なお、1の事実中、申請人がその主張の期間組合支部青年部書記長であつたことは認めるが、その余の事実は知らない。2の事実中、三浦が労働災害を受けたこと、申請人らが青年部役員を辞任したことは認め、被申請人が辞任を求めたとの事実は否認し、その余の事実は知らない。但し、仕事が暇であつたため、管理職を含めた従業員全員が草刈などの作業をし、被申請人が岐阜工場の全従業員を集めて、労災事故や草刈などに関し被申請人を誹謗するような事実を外部で流布されては困る旨訓示したことはあつた。3の事実中、退職勧奨、希望退職者を募り一定時期が過ぎれば指名解雇する旨発表し、約三〇名の従業員が希望退職に応じたことは認めるが、その余の事実は知らない。4の事実は知らない。5の事実中、申請人が執行委員になつたことは認めるが、その余の事実は知らない。

同二項の本件出向命令が思想信条による差別であるとの主張を否認する。

なお、1の事実は知らない。2の事実中、申請人主張の選挙に立候補のため年次有給休暇の通知をしたが後に立候補を中止したことは認めるが、その余の事実は知らない。3の事実中、申請人主張の選挙について選挙及びポスター掲示責任者となつたことは認めるが、その余の事実は知らない。

同三項の本件出向命令が権利乱用との主張も否認する。

本件出向命令のなされた事情は次のとおりである。即ち、岐阜工場からサービスセンター東京営業所に出向していた従業員が退職し、その補充を岐阜工場生産機種に関する知識を具えた岐阜工場の従業員の中から選ぶことにし、宿舎の都合で身軽に転勤可能な独身者で、容貌にたいした欠陥がなく、接客態度が良好で、都会生活の誘惑に或程度耐えうるために余り若年ではなく、旋盤操作技術に習熟し、できれば組立仕上の経験を有し、出向させた後岐阜工場において支障がない者という基準で、岐阜工場の係長に選抜させたところ、当時出荷整備の職場から他へ配置換えを希望しており、独身で婚姻の相手も未だ具体化しておらず、家業が農業であるが、所謂兼業農家であり、両親も健在で、長兄が両親と別居しているものの同町内に居住しており比較的身軽で、右選抜基準に最も適合しているとして、申請人が選抜されたため、被申請人は本件出向命令を出した。

第八、疎明関係〈省略〉

理由

一、申請の理由一、二項の事実については当事者間に争いがない。

二、そこで、本件出向命令の根拠(抗弁)について検討する。

(一)  労働の場所・種類などは賃金などの労働条件と同様、労働契約の不可欠の条件であり、労働契約において、労働者との合意によりそれらの特定・変更の権限を使用者に委ねられたと認められない限り、使用者には労働者の配転などを命ずる権限がないというべきである。

しかし、成立に争いのない甲一七号証と乙一、四、六号証、証人三井勉の証言によつて真正に成立したと疎明される同一六号証、証人北田利の証言によつて真正に成立したと疎明される乙一八、一九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと疎明される乙一七号証、証人三輪嘉男、同三井勉、同北田利、同栩川喜一の各証言、証人杉本隆夫の証言と申請人本人尋問の結果の各一部(後記採用しない部分を除く)によると、申請人は昭和三九年三月肩書住居地の不破中学卒業後、同年四月大垣職業訓練所機械科に入り、昭和四〇年四月同訓練所終了と共に、岐阜工場で採用されて被申請人に雇傭されることになつたが、その際同月一日付で被申請人に対し就業規則を遵守することなどを約束する旨の誓約書(乙四号証)を提出し、岐阜工場で働くようになると直ぐに、就業規則を交付され、岐阜工場総務課長心得ないし代理であつた北田利から、同時期に採用された他の従業員と共に逐条的に就業規則の説明を受けたこと、被申請人は旋盤、形削盤、特殊工作機等の製造販売を業務とし、尼崎市常光寺西ノ町一丁目二一番地の本社工場と岐阜工場の他、当時から東京都、大阪市、福岡市などに営業所を持ち、昭和三六年末岐阜工場が設置されてがらは、岐阜工場で採用された中学・高校卒業や職業訓練所終了の従業員についても尼崎市の本社工場や東京都・福岡市などの営業所への転勤などが当該従業員に反対されることなくなされてきたこと、就業規則は昭和二六年八月一日に制定されて以来種々な変更がなされてきたが、この三七条は変更されることなく、三七条には「業務の都合により必要がある場合は、従業員に異動を命ずることがある。」と規定されている(この規定の存在については当事者間に争いがない。)ことが疎明され、右疎明に反する部分の証人杉本の証言及び申請人本人尋問の結果は前掲各証拠に対比して容易に採用し難く、他に右疎明を左右するに足りる疎明資料はない。

また、申請人が労働場所を岐阜工場に限定する雇傭契約を結んだと疎明するに足りる疎明資料は何もない。

すると、就業規則の所轄官庁への届出の有無に関係なく、申請人が就業規則を遵守すると約束することによつて、就業規則三七条は、申請人・被申請人間の雇傭契約の内容となつており、申請人は右約束により申請人に「異動」を命じうる権限を被申請人に委ねる旨の合意が成立し、その「異動」には転居を必要とする労働場所の変更(転勤)も含まれるとみるのが相当である。

(二)  また、成立に争いのない甲三号証、乙九、一一、一四号証、前記乙一六号証、証人浜口繁昭、同三井勉の証言によつて真正に成立したと疎明される乙三、一七、二一号証、証人三輪嘉男の証言によつて真正に成立したと疎明される乙八号証、証人浜口繁昭、同三井勉、同三輪嘉男の各証言によると、従来、被申請人の販売納入した製品の試運転・修理・部品供給等のサービス業務は被申請人のサービス課が担当していたが、サービス料金の完全回収を計る目的で、昭和四七年八月三日サービスセンターを設立し、サービス課が担当してきた右サービス業務をサービスセンターに扱わせることとし、サービス課の従業員をそのままサービスセンターの従業員とし、営業場所・施設などもサービス課当時のものをそのまま引継いだこと、サービスセンターの発行済み株式の五五%を被申請人の代表取締役その他の役員が所有し、その余の四五%も被申請人の退職者であるサービスセンターの役員が所有し、サービスセンターの定款には株式の譲渡制限についての規定があり、サービスセンターの代表取締役を被申請人の代表取締役の小山省三が兼ねていること、サービスセンターのサービス業務担当者は全て被申請人の出向者であり、被申請人は、サービスセンターへの出向・出向後の勤務場所の指定・出向中の者を被申請人のどの部署に戻すかなどの人事権を掌握しているばかりか、出向者の給料等も被申請人が支払い、後にサービスセンターに求償することになつており、被申請人がサービスセンターに支払う試運転料やサービスセンターが被申請人に支払う部品代の割合を一方的に変更することによつてサービスセンターの収益をも左右しうる立場にあること、サービスセンター設立の際、被申請人は労働組合とサービスセンターへの出向者は被申請人在籍のままとし、被申請人の就業規則や出張旅費規程を準用し、出向期間も被申請人在籍期間に算入することなどを内容とする協定書(乙三号証)を作成しており、被申請人もその従業員もサービスセンターへの出向を被申請人の他の部署への配置換えと同じものとみていること、昭和二二年に設立された大日物産工業株式会社と被申請人大阪営業所との関係も従来サービスセンターとの関係と同様に取扱われてきたことが疎明され、右疎明を左右するに足りる疎明資料はない。

右事実によると、サービスセンターへの出向は、実質的には被申請人内部の配置換え・転勤と同一であり、(一)で検討した「異動」に関する合意はサービスセンターへの出向にも適用されるとみるのが相当である。

(三)  そして、前記乙八、一六号証、証人栩川喜一の証言(第一回)によつて真正に成立したと疎明される乙一五号証、証人三輪嘉男、同栩川喜一(第一回)、同三井勉の各証言によると、従来岐阜工場からサービスセンター東京営業所へ出向していた三貫納義則と仲村梁盛秋が昭和四九年春から夏にかけて退職したため、サービスセンター東京営業所では岐阜工場の製品に明かるいその後任者が必要となり、その後任者の補充として、本件出向命令がなされたことが疎明される。

以上検討したところによると、申請人が「業務の都合により必要がある場合は、従業員に異動を命ずることがある。」と定めた就業規則を遵守する旨約束することによつて、申請人に異動を命ずる権限を被申請人に委ねる旨合意し、被申請人はその合意によつて与えられた右権限の行使として本件出向命令をなしたことになる。

三、次いで、本件出向命令を無効とする事由(再抗弁)について検討する。

(一)  先ず、被申請人が申請人に本件出向命令をなした経過についてみると、前記甲三号証、同乙八、一五号証、成立に争いのない甲四、六号証、証人三輪嘉男、同栩川喜一(第一回)、同浜口繁昭、同三井勉の各証言、申請人本人尋問の結果によると、前項(三)で検討したように、被申請人は、サービスセンター東京営業所のサービス業務の従業員として岐阜工場の製品に明るい者を岐阜工場の従業員の中から一名出向させることになつたが、東京には独身寮の設備があるが、妻帯者用の住居がなく、妻帯者を出向させると住居費などに多くの経費が必要となるので、経費を節約するため、独身者を出向させることとし、被申請人取締役製造部長兼岐阜工場長の三輪嘉男は岐阜工場次長の斎藤に独身者に限るとの方針を伝えてその人選を命じたところ、斎藤次長は更に岐阜工場の係長の栩川喜一と入江忠義にその人選を命じたこと、栩川喜一と入江忠義は被申請人の右方針に従い、仕上組立及び旋盤操作の経験があり、容姿を含めて接客態度の良好で、都会での生活を考えて余り若くない者で、出向後岐阜工場の業務に余り支障がないことなどを基準に六名の候補者を選び検討した結果、申請人一人を斎藤次長に報告し、その旨被申請人の役員に伝えられたこと、申請人は前項(一)で検討したように大垣職業訓練所で旋盤操作技術を取得した後、岐阜工場で約五年間旋盤操作の業務に、約六カ月間仕上業務に各従事しており、その後約三年間余り出荷整備の業務に従事中であつたが、他の機械・旋盤を使用する業務への配置換えを希望しており、昭和四九年九月末か一〇月初旬頃、組合支部執行委員として被申請人代表取締役らと会食した際、代表取締役から「東京へ行つてみないか」と言われて、東京での勤務を断わることはせず、あいまいな態度であつたこと、申請人を選んだ旨伝えられた被申請人の人事担当取締役の三井勉は、申請人が組合支部の執行委員であつたため、労働組合執行委員長の浜口繁昭に申請人をサービスセンター東京営業所へ出向させることについての意見を求めたところ、浜口が労働組合としては差支えない旨返答したこと、そこで、岐阜工場長の三輪嘉男は、同年一〇月一七日申請人に期間が二・三年間の予定である旨告げてサービスセンター東京営業所へ出向してほしい旨内示したところ、申請人が出向に応じられないとして、同月二五日反対理由を記載した書面(甲三号証)を提出したので、申請人に出向の趣旨を説明し、再考を促したところ、申請人が考えてみる旨答えたため、出向命令に応ずるものと考えて、本件出向命令に至つたことが疎明される。

(二)  そして、成立に争いのない乙二三号証、証人杉本隆夫の証言によつて真正に成立したと疎明される甲一〇号証、証人三井勉の証言によつて真正に成立したと疎明される乙二二号証、証人浜口繁昭、同栩川喜一、同三井勉の各証言、前記甲六号証と成立に争いのない甲一六号証及び申請人本人尋問の結果によつて真正に成立したと疎明される甲一二、一三号証並びに証人杉本隆夫の証言及び申請人本人尋問の結果の各一部(後記採用しない部分を除く)によると、再抗弁一項1の事実、同2の事実中、被申請人が申請人らに青年部の役員を辞任するように要求したことを除く事実、申請人らが青年部役員を辞任したのは三浦の労災事故の取扱いについて組合支部執行委員と青年部役員と意見が対立したことに原因があること、同3、4の事実、同5の事実中申請人が組合支部執行委員選挙で所謂三役を除いては最高得票で当選したこと、申請人が本件出向命令について労働組合に働き掛けたが、組合支部でも本部の労働組合でも労働組合の問題として取り上げなかつたこと、労働組合は総評全国金属労働組合兵庫地方本部に所属し、執行委員長の浜口はその役員もしており、被申請人の所謂御用組合とは認められないことが略疎明され、右疎明に反する部分の前記甲六号証以下の疎明資料は前記各疎明資料や証人三輪嘉男、同北田利の証言などと対比すると容易に採用し難い。

この事実に(一)で検討した本件出向命令がなされた経過を対比すると、未だ、本件出向命令が申請人が労働組合活動をしたことの故をもつてなされたものとはいえず、他にこれを疎明するに足りる疎明資料はない。

従つて、本件出向命令が不当労働行為として無効とする再抗弁一は理由がない。

(三)  また、前記甲六号証、申請人本人尋問の結果、それによつて真正に成立したと疎明される甲五、一五号証によると、再抗弁二1ないし3の事実が略疎明され、右事実によると、申請人が積極的・対外的に共産党の政党活動を始めたのが昭和四九年になつてからで、本件出向命令と時期的に接近しており、これが本件出向命令に多少の影響を与えていることを否定できないように思われるが、前記本件出向命令がなされた経過と対比すると、申請人の右1ないし3の共産党活動が本件出向命令の決定的原因となつていたとはいえず、他にこれを疎明するに足りる疎明資料もない。

すると、本件出向命令が労働基準法三条に違反して無効とする再抗弁二も理由がない。

(四)  更に、前記甲六、一六号証、申請人本人尋問の結果、及びそれによつて真正に成立したと疎明される甲一一号証によると、申請人は就業時間外に家業の農業を手伝つており、結婚を前提として、働きながら短大へ通つている女性と交際していることが疎明され、申請人が本件出向命令に従うと垂井町での共産党活動が困難になることは間違いないが前掲疎明資料、成立に争いのない乙五号証、前記乙八号証によると両親は健在で、所謂兼業農家であり、別居しているものの同じ垂井町内に長兄も居住していることが疎明されるし、前記本件出向命令の経過からしても、右事実によつては、未だ本件出向命令が権利乱用とならないことは明らかである。

その他、本件出向命令が権利乱用であると疎明するに足りる疎明資料もなく、再抗弁三も理由がない。

四、すると、本件出向命令を無効とする再抗弁はいずれも理由がなく、本件出向命令の無効を前提とする申請人の本件仮処分申請はその余の点を判断するまでもなく理由がないので、却下することとし、申請費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 河田貢)

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